ファンクの先駆者であり元祖ジャムセッションの帝王、ジェイムズ・ブラウン

ファンクの先駆者であり元祖ジャムセッションの帝王、ジェイムズ・ブラウン

 

以前の記事にて、海外のジャムセッション風景をご紹介しました。

 

セッションの帝王といえば、JBことジェイムズ・ブラウン。

 

ファンクミュージックの先駆者であり、ソウル、R&Bシンガーとして世界のアーティスト達に大きな影響を与えました。

 

壮絶な人生を歩み、晩年までステージに立ち続けたJBは、まさにファンキーミュージシャンの元祖。

 

ローリングストーン誌の史上最高アーティスト100人のうち、7位にランクインされている他、音楽史上最も多く曲をサンプリングされたアーティストとしても挙げられています。

 

オールドタイプのマイク

James Brown(ジェイムズ・ブラウン)

 

ジョージア州オーガスタ生まれのJBは、幼い頃タレントショーの優勝歴もあり、第二次世界大戦の開始時には軍隊への余興や巡業しながら楽器演奏を学びました。

 

エンターテインメントの才能には誰もが気づいていたようです。

 

10代の頃、ボクサーとして活動した時期が短期間ある他、16歳に少年拘置所に送られる等、壮絶な日々を送るJBは、1952年に仮釈放された後、ゴスペルグループに参加。

 

その後、セッションを録音したデモをラジオ局に送ります。

 

徐々に自らの音楽を形に表し、’56年に発売の「Please Please Please」は、R&Bヒットとして100万枚以上を売り上げました。

 

’58年「Try Me」はR&Bチャートで1位を記録。

 

JBの歌唱スタイルはファンクと呼ばれるスタイルに定着して行き、60年代以降はファンクムーブメントの先導を切ります。

 

P-Funkや、スライ&ザ・ファミリーストーンもJBから大きく影響を受けていると言われています。

 

 

 

Sly and the Family stone

 

Parlament

 

 

The J.B.’s(ジェイビーズ)

 

JBと言えば、JBsの存在。JBのバックバンドを務めるファンクバンドの名称です。

 

50年代~60年代は、ジェイムズブラウンバンドやジェイムズブラウンオーケストラと呼ばれていました。

 

過去在籍メンバーには、サックス奏者のメイシオ・パーカーや、ベーシストのブーツィー・コリンズ等が名を連ねます。

 

バンドの音は完璧、リズムひとつ外しません。

 

過去のドキュメンタリーでは「リズムを外したら罰金だった」というコメントも出ていますが、JBは微々たる失敗も許さないほどに厳しいのだとか。

 

JBは常に軽快なステップを踏みながら歌っていますが、そのステップでテンポを指示し、身振り手振りで全体の指揮を取っています。

 

途中で倒れるお決まりのシーンや豪華な衣装など、コテコテの舞台演出を繰り広げるJBですが、実は音そのものに怖い程に執着しているのです。

 

コンサートに行った人ならご存知かと思いますが、大所帯のホーンセクションのみならず、ドラムがなんと3台あります。

 

ショーは最初から最後まで丸々セッションで構成されてます。

バンドやコーラス達が行うのは決められた演奏ではなく、当日のJBの指揮についていく事です。

 

彼が止めるまで終わらないのでコンサートが長い事でも有名。(笑)

 

その雰囲気たるや、ミュージシャンであれば見ているだけで生きた心地がしません。

JBのフリがいつ来るかと構えるバンドの雰囲気がまざまざと伝わります。

 

その緊迫感がまたJBのショーの醍醐味とも言えるのですが・・・

 

 

2006年にこの世を去ったJB。

DVD等でそのセッション風景を体験してみてください。

 

 

 

ピアノとサックス

ファンク音楽を演奏しよう!

 

Coolish Musicオンラインレッスンでは、ファンクに役立つ楽器のスキルも学ぶ事ができます。

自宅で気軽に始められるので、おすすめです!

 

セッションを目指して、レッスンを始めてみませんか。

 

 

 

こちらも読まれています

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です